なんば・道頓堀・心斎橋~大阪のミナミ地区400年の歴史(後編)

今や世界に名だたる名所となった「道頓堀川」は、 1615年にできた運河です。そして、道頓堀川の周囲に400年かけてできた繁華街がミナミです。その規模は世界屈指といわれます。

今日はみなさんを、大阪ミナミ400年歴史旅にお連れします。大正の大大阪時代から現在までの物語。

目次

大大阪時代の到来、ミナミの急成長

さて、話は道頓堀に戻ります。1923年 (大正12年)、関西初の本格的な様式劇場として「大阪松竹座」が開場、 OSK日本歌劇団(当時は松竹楽劇部)がここで初舞台を踏みます。

「歌の宝塚、ダンスのOSK」と称されました。大阪の春を告げる風物詩「春のおどり」は1926年(大正 15年)に初公演され、現在に続いています。後に活動の拠点を千日前にあったミナミ最大の劇場「大阪劇場」(現在のなんばオリエンタルホテルの場所)に移し、人気を博しました。

近代建築 松竹座
外観のライトアップ(提供:大阪松竹座)

1925年、大阪市は第二次市域拡張を行いました。人口と面積で、東京市を抜き、 全国でナンバーワン、世界6番目の大都市に。「大大阪」時代の幕開けです。

道頓堀は最先端文化の発信基地となり、日本初の興行ジャズが発祥し「道頓堀ジャズ」と呼ばれました。カフェーやダンスホールではジャズの生演奏が響き、髙島屋やうなぎの出雲屋が少年音楽隊を結成。うら若き少年たちの中に、後に日本を代表する音楽家・服部良一の姿もありました。

そんなJAZZの街の歴史を残そうと、道頓堀川を船で巡りながらの生演奏を楽しめる「とんぼりジャスボート」が定期運航しています。

「大大阪」の政策を推し進めたのは、第七代大阪市長・関一です。そのシンボルが地下鉄と御堂筋の建設でした。1933年に現在の地下鉄御堂筋線の心斎橋~梅田間が開通。

1932年(昭和7年)、御堂筋の南のつきあたりに南海ビル(難波駅)が完成します。髙島屋が出店し(一部開業は昭和5年)、日本初の冷房装置を備えた百貨店として話題を集めました。同じ年、千日前に大阪歌舞伎座がオープンします。

地下鉄がなんば駅まで延伸された1935 年(昭和10年)には、大阪を代表する人気写真スポット「グリコネオン」がお目見えしました。

「大阪歌舞伎座南海高島屋」[絵ハガキ帖]1932

戦後の復興から高度経済成長へ

戦争が始まると、ミナミでは花街などは次々と閉鎖され、1945年3月13日の夜から14日にかけての大空襲によって、見るも無残な焼け野原になりました。道頓堀では太左衛門橋、相合橋の二橋が焼け落ちました。

戦後、橋の再建を祝って、「盛り場をむかしに戻す橋ひとつ」の句碑が建てられました。二度と戦争を起こさないという決意のもと、大阪市民の寄付により「平和の塔・女神像」が大丸心斎橋店前に建てられ、戎橋北詰を経て難波駅前広場に移設後は、こちらもアーティストにより寄贈された「平和記念の塔」と並んでなんば広場に設置され、それぞれの台座にその歴史が刻まれています。

平和の塔・女神像(左)と平和記念の塔

終戦からの立ち直りは早く、高度経済成長とともにミナミは繁栄、拡大を続けます。 1957年(昭和32年)には日本初の地下街「ナンバ地下センター(現・NAMBAなんなん)」が開業。1959年(昭和34年)にはプロ野球チーム「南海ホークス」が日本一を獲得。涙の御堂筋パレードが行われ、約20万の市民が集まりました。

昭和42年頃に巻き起こったグループ・サウンズブームの関西のメッカが「ナンバ一番(現在のTSUTAYA EBISUBASHIの場所)。内田裕也さんや沢田研二さんにファンは熱狂しました。

大阪万博時代を迎えるミナミ

大阪万博が開催された1970年(昭和 45年)、御堂筋が一方通行となり、近鉄難波駅 (現・大阪難波駅)が開業、翌年地下街「虹のまち(現・なんばウォーク)」がオープンしました。焼肉レストラン発祥の店といわれる食道園は大阪万博で焼肉弁当を販売し話題をさらいました。

同じ頃、御堂筋の西側で新しい動きも起こります。ミナミの若手経営者が伝説の喫茶店ループに集いアメリカ西海岸から持ち帰ったサーフィンボードや古着、 中古レコードのガレージセールを始め、いつしかアメリカ村と呼ばれ、若者文化の発信地となりました。

南海難波駅では輸送力アップのための駅舎の改造と一体に 1978年(昭和53年)「なんばCITY」が開業します。ロケット広場(現なんばガレリア) が新たな待ち合わせの名所となり、なんばエリアは南へと拡大します。

環境悪化からの脱却

1994年に関西空港が開港し、なんば駅は日本の玄関口と直結することに。しかし、2000年頃は、ミナミではカラス族が道をふさぎ、ひったくりなどの犯罪も増え、怖いまち、汚いまちと言われました。

そこに立ち上がったのは商人でした。まちの情報交換から始め、「みんなでつくろう、ええまちミナミ」をスローガンに防犯活動を展開します。

一方、道頓堀川に賑わいをとりもどそうと大阪青年会議所と商店街が協力して水辺を提灯で飾り始めたのが1999年。100灯が300灯になり、今では2025灯に。

同時に、古くなった都市環境のリノベーションも進みます。道頓堀川では水門の再整備による水質の浄化とあわせて水辺遊歩道の整備がはじまります。とんぼりリバーウォークは2008年に完成、近隣の商店街は水辺空間を活用する様々な実験に取り組み、とんぼりリバークルーズも生み出されました。

2007年には戎橋が架け替えられバルコニーはグリコサインを背にゴールインポーズで写真を撮る名所に。ミナミは大阪の水都再生をリードします。

「大阪球場」跡地は、2003年(平成15年)、複合施設「なんばパークス」に生まれ変わり、巨大な屋上緑化で話題をさらいました。大阪球場のホームベースとピッチャーマウンドがあった場所にメモリアルプレートが設置されています。

日本橋は、戦前は古本屋さんの街でしたが、戦後は電器の街「でんでんタウン」として栄え、家電店の撤退後はアニメ、ゲーム、フィギュア、コスプレ衣装、同人誌などのサブカルチャーの街へと姿を変えました。

人中心のまちミナミへと改造

2009年には阪神なんば線が開通し、なんばは神戸、奈良方面を鉄道で結ぶ中間点となります。同年南海ビルが、2019年には大丸心斎橋店も歴史景観を活かしたリニューアルをとげます。新歌舞伎座も村野破風とよばれた独特の外観を復元したホテルと結婚式場に生まれ変わりました。

御堂筋イルミネーションが淀屋橋からミナミまで延伸されたのは2014年、同年イルミイベント「大阪ミナミ光マッセ」がスタートします。

平行して、ミナミの都市空間を車から人にシフトさせる取り組みが加速します。御堂筋の歩道拡幅やなんば広場化が2025年に完成、日本全国に新しいミナミの姿をアピールしました。同年、大阪・関西万博が開催され、ミナミは誘致活動とともに万博関連のまちなかイベントの開催にも協力しました。

400年の歴史が織り成すミナミの魅力

いかがでしたか?ミナミは、400年の歴史の中で形づくられた商店街や路地横丁がつながり、大小の多彩なお店が軒を連ねます。そして、歩いて楽しく、いろんな人を受け入れる雰囲気が人々を惹きつけ、最近は、国内外から観光客も食や買い物と、まち巡りを楽しみに訪れます。

ミナミの400年 年表

【江戸時代 1615~1868】

1615 道頓堀川完成、その後に戎橋架橋

1622 長堀川完成、その後に心斎橋架橋

1637 法善寺建立、千日詣でにぎわう

1653 幕府が道頓堀の芝居小屋5つに興業許可

1684 竹本義太夫、竹本座で人形芝居を始める

1703 近松門左衛門による『曽根崎心中』上演 1726 呉服店「松屋」開業(現・大丸心斎橋店)

1822~23 魚売りが集まり黒門市場が生まれる

【明治時代 1868~1912】

1882 古道具屋が並び道具屋筋が生まれる

1885 阪堺鉄道難波駅開業(現・南海電車)

1897 南地演舞場で日本最初の映画興行が上映

1898 髙島屋心斎橋店開業南の大火

【大正時代 1912~1926】

1915 千日前通敷設

1922 大丸心斎橋店開業

1923 大阪松竹座開場、道頓堀でカフェーブーム

1925 本格的ジャズバンドが結成・ジャズの都へ

【昭和時代 1926~1989】

1929 道頓堀行進曲が大阪松竹座で上演

1932 髙島屋大阪南海店全館開業(日本初冷房装備)

1935 初代グリコネオン完成

1935 地下鉄御堂筋線(心斎橋難波間)開通

1937 御堂筋が難波まで完成

1945 大阪大空襲(ミナミも全焼)

1950 大阪球場開場、平和の塔・女神像建立(心斎橋、現在はなんば広場)

1953 平和記念の像建立(なんば駅前)

1957 日本最初の地下街・ナンバ地下センター(現NAMBAなんなん)開業

1959 南海ホークスが優勝、涙の御堂筋パレード

1964 長堀川埋め立て

1966 今宮戎神社、宝恵かご行列復活

1969 カフェ「LOOP」オープン

1970 御堂筋線一方通行・近鉄難波駅開業

1961 虹のまち(現・なんばウォーク)開業

1978 なんばCITY開業

1979 道頓堀川で上方歌舞伎の船乗り込み復活

1861 国立文楽劇場開館

1987 なんばグランド花月開業

【平成時代 1989~現在】

1997 大阪松竹座建替え開業

2001 難波八阪神社「船渡御」230年ぶりに復活

2002 法善寺横丁火災から復興

2003 なんばパークス開業

2007 戎橋架け替え

2009 阪神なんば線開業、とんぼりリバーウォーク完成

2012 Zepp Namba OSAKA開業

2012「歓迎、ウラなんばへ!」(Meets Regional7月号)

2013 宗右衛門町通石畳の道復活

2014 6代目グリコネオン登場

2015 道頓堀川開削400周年を迎える

2016 御堂筋道路空間再編モデル事業完成

2023 なんば広場先行オープン

2025 なんば広場・なんさん通り・御堂筋完成

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