なんばエリアには数多くの商店街があり、そのなかでもなんばの中心部に位置する戎橋筋商店街(髙島屋大阪店からTSUTAYA EBISUBASHI間の約370m)は、歴史は古く、十日戎(とおかえびす)で有名な今宮戎(いまみやえびす)神社の参道として江戸時代に形成されました。
今日でもその賑わいは変わらず、約100店舗近いお店が軒を連ね、古くからのお店もたくさん残る歴史ある商店街です。
そんな商店街では、例年春と秋に、周辺地域の商いや街の魅力を普段できない体験を通じて知っていただき、また家族や知人との交流を楽しんでいただくことでなんばエリアのファンづくりにつなげる目的の体験型イベント「体験博」を開催しています。
この記事では、大阪のシンボル的な存在であり、世界的観光スポットの戎橋(えびすばし)を大掃除する「戎橋をすっきり丸洗い」の模様をご紹介します。
戎橋をすっきり丸洗いについて
戎橋筋商店街の体験博ではすっかりおなじみとなった「戎橋をすっきり丸洗い」は、年間数千万人訪れる大阪のシンボル「戎橋」の橋面や欄干、遊歩道(とんぼりリバーウォーク)を清掃するプログラムです。
2007年(平成19年)の架け替え工事で美しくなった戎橋ですが、一部の心無い人々により路上にごみやたばこの吸い殻が捨てられ、路面や欄干に張り付いたガムなどにより、歴史ある大阪のシンボルが汚れてしまっています。
そんな状況を改善すべく、戎橋筋商店街の呼びかけで、商店街内の店主やスタッフ、中央区役所、なんばエリアのまちづくりに取り組む地元企業や組織、そして有志の市民の皆さんと協力して、体験博が行われる春と秋の年に2回大清掃をしています。
(※2020年春は新型コロナウイルス感染症拡大防止のため中止)
戎橋(えびすばし)の歴史
戎橋は、正確な架橋年は不明ですが残されている史料から1615年(元和元年)に道頓堀川の開削が完成したのとほぼ同時に架けられたとされています(1615~1641)。
橋の名は、今宮戎神社の参道にあたることに由来しますが所説あります。この橋の筋にある商店街が、今プログラムの主催である戎橋筋商店街の名前の由来です。
江戸時代は木橋で幅が3.9メートル、1878年(明治11年)には鉄橋となり幅7.8メートル、1925年(大正14年)には鉄筋コンクリートアーチ橋で幅10.9メートルでした。橋は15回にわたり大改修や架け替えが行われ、現在かかっている橋は2007年(平成19年)に82年ぶりの架け替え工事が行われた際のもので、幅11メートル、橋上にバルコニーを設置して丸い形となりました。
現在も大阪のシンボルとして、橋の上でグリコサインとの記念撮影を楽しむなど、多くの人に親しまれています。
プログラム当日の様子
今回の「戎橋をすっきり丸洗い」プログラムには、約50名の方が参加。新型コロナウイルス感染防止のため、大阪府コロナ追跡システムの登録や検温、手指の消毒をしました。
午前8時半前に戎橋筋商店街の菊地正吾理事長より開催のあいさつのあと、清掃の説明をし、その場で橋面磨きやガム取り、遊歩道を磨く班など、チーム分けをします。
毎回参加されている方も多く、きびきびとした動きで清掃に取り組みます。今回は掃除道具等の他に、不織布三層マスクと手袋も用意。
時間を区切って東西の片側ずつ清掃していきます。
まずは東側からスタート。道頓堀川に汚水を流さないように、必要最低限の水をつかい、雑巾で拭いていきます。
続いて西側に移動して、こちらも清掃していきます。
参加者のなかには、小さなお子さんたちもいて、一生懸命に清掃してくれます。
清掃が終わると、紙石けんでしっかりと手洗い、アルコール消毒をします。
最後は、あいさつとともに記念撮影で締めくくります。
参加者の方には、紙パックのお茶と、体験博開催20回目を記念した記念品が贈呈されました。こちらはミナミを拠点に活動されているアートディレクターで墨絵師の東學さん(株式会社一八八所属)が鳥居ビル北側の壁面にミナミの守り神として描いた神龍『弘昌寺 白双竜鎮魂(はくそうりゅうみたましずめ)をこのプログラムのために特別に手ぬぐいにデザインしたものです。
まとめ
朝早くにもかかわらず、今回も「戎橋をすっきり丸洗い」プログラムには多くの方が参加されました。なじみのある戎橋が自分たちの手で綺麗になるのは、すがすがしい気持ちがしますね。
体験博の応募はひとり1プログラムと決まっていますが、「戎橋をすっきり丸洗い」については、ほかプログラムと重複応募可能なので、ぜひ次回開催の際には、こちらもご応募ください。
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